ここ最近、暦の上では春を迎えているはずなのに、底冷えするような寒さが続いています。
朝、白い息を吐きながら、「ああ、まだ冬は残っているのだな」と感じる日々です。
そんな気候の影響でしょうか。ここへきて、体調不良を訴える患者様が増えてきました。お一人おひとりお話を伺うと、不思議なほど共通しているのが、
「冷えが芯まで入り込んでいる感じがする」
という表現です。
表面が冷たいというよりも、体の奥深くがじんわりと冷え切っている感覚。温めてもなかなか抜けない、重たく居座るような冷えです。
東洋医学では、こうした状態を「寒邪(かんじゃ)」の侵入ととらえることがあります。寒邪は、文字通り“寒さという邪気”。皮膚や毛穴から体内へ入り込み、気血の巡りを滞らせると考えられています。
毛穴という毛穴から、冷たい風が忍び込み、体の深部にまで居座ってしまったのかもしれません。
そんな時はお灸の出番です。
台座灸のやわらかな温もりも心地よいのですが、今回大活躍したのは、透熱灸。
もぐさを直接据え、瞬間的に強い熱を入れ、芯まで通す施術です。
火がともり、じわりと熱が入る。
そして一瞬の鋭さのあと、深部からふわりと広がる温かさ。
皮膚の表面ではなく、体の奥に浸透して細胞が目を覚ますような感覚があります。
東洋医学では、「冷え」は万病のもとといわれます。特に女性にとって冷えは大敵です。
女性は血によって体を養う存在とされ、その血の巡りが滞ると、さまざまな不調につながると考えられています。
冷えが続くと――
・月経痛や月経不順
・肩こりや腰痛
・神経痛
・むくみ
・慢性的な疲労
こうした症状があらわれやすいといわれます。
冷たい体は、川の流れが止まりかけた状態に似ています。
水が動かなければ濁るように、血もまた巡らなければ滞ります。
透熱灸は、その滞りに小さな火を灯し、流れを再び動かすきっかけをつくる施術のように感じられます。
もちろん、やみくもに熱を入れればよいわけではありません。体質やその日の状態を見極めながら、必要な場所に、必要な分だけ。だからこそ、透熱灸は繊細で、同時に力強い技術なのだと思います。
施術後、手足の先までじんわりと温まり、肌にほんのり赤みが差します。
「冷え」が抜けると、不思議と心まで軽くなるのです。
現代は冷えやすい環境に囲まれています。冷房、薄着、ストレス、過労。知らず知らずのうちに体は冷え、内側の火が弱まっています。
だからこそ、寒さが戻るこの季節に、改めて思います。
女性に冷えは禁物。
温めることは、甘やかすことではなく、守ることなのだと。
透熱灸の小さな火は、ただ熱いだけではありません。
それは、体の奥にある生命の火を思い出させてくれる、静かな灯りなのです。
余談ですが、昔こんなことがありました。
あるフィリピン人の方から、施術後の手洗いについて注意されたことがあります。
「マッサージの後は手を洗っちゃだめよ!寒いが毛穴に入り込んで、関節が動かなくなるデショー!」
と、真剣な表情で言われたのです。
私たち日本人にとって、施術後に手を洗うのはごく自然なことです。
衛生面の配慮はもちろん、気持ちを切り替える意味もあります。ですから思わず、
「え!?手を洗わなかったら、みんなどうしているの?」
と尋ねてしまいました。
すると返ってきたのは、
「フィリピン人はアルコホール(アルコール)で消毒よ!」
との答え。
なるほど、文化が違えば方法も違うのだと感心しました。
後日、その方からフィリピン産のアルコールをプレゼントしていただいたのですが、それがまた驚くほど香料の強いものでした。(笑)
南国らしい華やかで力強い香り。
異国の風を感じるようなその匂いはとても印象的でしたが、普段の施術で使うには少し個性が強く、結局しばらく大切にしまったままになってしまいました。。。
衛生観念やエネルギー観は国によってさまざまです。
「手を洗う」という当たり前も、世界を見渡せば決して一つではありません。
そんな文化の違いを思い出すたびに、施術という仕事は、人の体だけでなく、その人の背景や価値観にも触れる営みなのだと感じます。
コメント