現代社会において「施術を受ける」という行為は、単なる疲労回復や美容目的のサービスと捉えられがちですが、私はその本質はもっと深いところにあると考えます。
施術とは、身体を媒介として自己と向き合う「哲学的体験」なのではないでしょうか。
1. 身体は“存在”そのものである
フランスの哲学者である モーリス・メルロ=ポンティ※1 は、「人間は身体を“持つ”のではなく、身体として“ある”」と述べました。
※1モーリス・メルロー=ポンティ:フランスの哲学者。主に現象学の発展に尽くした。
私たちは日常の中で、身体を道具のように扱います。
疲れても無理をし、痛みがあっても後回しにする。
しかし施術を受ける時間は、その関係を一度反転させます。
身体を“使う対象”から、“感じる主体”へと戻すのです。
他者の手によって触れられることで、自分では気づかなかった緊張や歪みに気づく。
それは、忘れていた自己との再会とも言えます。
2. 触れられることの意味
触れること、触れられることには、言語を超えた力があります。
幼少期、安心感はまず「言葉」ではなく「ぬくもり」から始まりました。施術の時間は、その原初的な安心感を思い出させます。
身体が緩むと、心も緩みます。
これは単なる比喩ではなく、身体と心が分離していない証拠です。
施術は、
「あなたはここに存在している」
という無言の肯定でもあるのです。
3. 忙しさから解放される“間(ま)”
日本文化には「間(ま)」という美学があります。
能や茶道に見られるように、何もしていない時間こそが豊かさを生み出します。施術の時間もまた、その“間”のひとつです。
スマートフォンを置き、予定を忘れ、ただ横になる。
これは現代社会ではほとんど贅沢に近い行為です。
その静寂の中で、人は本来のリズムを取り戻します。
4. 他者に委ねるという勇気
施術を受けることは、ある意味で「他者に身を委ねる」行為です。
自己完結が美徳とされる現代において、誰かに委ねることは弱さと誤解されることもあります。しかし、哲学的に言えばそれは「関係性の受容」です。
私たちは常に他者との関係の中で生きています。
施術は、その関係を肯定的に体験する小さな儀式なのです。
5. 施術の本当のメリット
施術のメリットは、単なる「肩こりの改善」や「血行促進」ではありません。
自己との再接続、存在の実感、安心感の回復、今この瞬間への集中。
それらはすべて、「生きている」という実感を取り戻す行為につながっています。
哲学とは、特別な書物の中だけにあるものではありません。
横になり、呼吸を感じ、触れられる時間の中にも哲学は存在します。
施術とは、
身体を通して自己を問い直す時間。
忙しさに埋もれた日常の中で、どれだけ自分の身体の声を聞いているでしょうか。
もし少しでも耳を澄ませたくなったなら、施術はその第一歩になるかもしれません。
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