鏡を見るたび、「あ、また増えてる」と目をつぶりたくなるのが最近の日課だ。
ここ1〜2年で、明らかに白髪の増え方が加速した。
「数本見つけて抜いていた」頃が懐かしいくらい、ぐっと本数が増えて自己主張してくる。
鍼灸師という仕事柄、鏡の中の自分をどうしても東洋医学の物差しで観察してしまう。
頭のてっぺんの白髪を見れば「ここは肝の領域だな、無意識にイライラを溜め込んでるんだろうか」と考え、前頭部に目をやれば「ここは胃の経絡だな、昔から胃腸が弱いし、そのサインかな」なんて分析が始まる。
まあ、50代が目の前に迫ってくれば白髪が増えるのは自然の摂理。
髪を養う「血」の不足(血虚)もあれば、エイジングに伴う「腎」の衰え(腎虚)もある。
頭では「年齢的に当たり前」と十分すぎるほどわかっているのだ。
それなのに、夫から「白髪、染めないの?」とサラッと言われると、正直「……ちょっとうるさいな」と思ってしまう。
正論かもしれないけれど、こっちの心の揺らぎをよそに簡単に言わないでほしい、なんていう小さな反発心が湧く。
若い頃は金髪やハイトーンカラー、ちょっとエッジの効いた特殊な髪型ばかり楽しんでいた。
でも今の気分は断然、黒髪というかナチュラルな色合い。無理に隠したりするのではなく、自然なトーンでいたいのだ。※時々白髪は染めています。
そもそも、美容院へ行くこと自体が最近おっくうで仕方ない。
通っているサロンは表参道で、家からも近いはずなのに、なぜか足が重い。
自営業をしているからスケジュール自体は組みやすいものの、人気の美容師さんだから相手も忙しく、お互いのタイミングを合わせるのも一苦労。
「予約を取って、出かけて、何時間も座って染める」という一連の工程に、今の私は気後れしてしまう。
しかも白髪って染めてもすぐに根本が出てきて、どのくらいのペースで染めればいいの??ってストレスを感じてしまう。若いときの「プリン」より白髪は気になる。
もともと直毛だから、パーマをあてて柔らかい動きを出すスタイルが好きだ。
いっそ白髪は染めずにそのままにして、パーマのニュアンスでうまく付き合っていくのもありなんじゃないか。それともハイトーンにして白髪を目立たせなくする。。――そんな迷いも消えない。
だから最近は、染める染めないの結論を出す代わりに、セルフ鍼に精を出している。
頭のてっぺんや気になるツボへ自分で鍼を刺し、ついでに顔にも鍼を打って、じっくり巡りを整える。
白髪が一晩で黒髪に戻るわけではないけれど、強張った頭皮を緩めて自分の「血虚」や「腎虚」をいたわる時間は、何より心地いいセルフケアだ。
ちなみに、白髪特有の「チリチリしたうねり」について、東洋医学と西洋医学のふたつの視点から少しだけ。
東洋医学では髪を「血余(けつよ=血の余り)」と呼ぶ。 体に十分な栄養と潤い(血)があって、それが全身を巡った最後にようやく髪へ届く。だから貧血気味だったり胃腸が弱って血を作れなかったりすると、髪への配給が真っ先に後回しにされて、パサつきやうねりとして現れやすい。 さらに生命エネルギーを蓄える「腎」の弱り(腎虚)もダイレクトに髪へ響く。
「髪は腎の華」と言われる通り、加齢や疲労で腎の気が落ちると、黒い色素を作る力も弱まっていく。
頭頂部(肝=ストレス・巡り)や前頭部(胃=消化器・栄養吸収)など、生える場所が体のお疲れサインになっていることも多い。
一方で、西洋医学的に見てもあの「チリつき」には納得の理由がある。
年齢とともに頭皮のコラーゲンが減ってたるむと、本来きれいな円形だった毛穴が楕円形にゆがんでしまう。
出口がゆがむことで、生えてくる髪自体がねじれてチリついた毛になるのだ。
加えて、髪の主成分であるケラチンを合成するのに欠かせない「亜鉛」の不足も関係している。
食生活の乱れや消化吸収力の低下で間接的にミネラルが足りなくなると、健康で真っ直ぐな髪が作られにくくなり、うねりや白髪の引き金にもなる。
毛穴のたるみも、栄養不足も、めぐりの悪さも、全部つながっている。 白髪を見つけたら、ただ「老けたな」とガッカリするだけじゃなく、「頭皮がちょっとたるんでるよ」「栄養と巡りが足りてないよ」という体からのメッセージとして受け取ってみるのも面白い。
夫のひと言に少し毒づきつつ、自分の体の声と向き合う日々。
染めるのか、自然に任せるのか。頭皮に鍼を打ちながら、もう少しこの揺らぎを楽しんでみようと思う。

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