朝、目が覚める。
十分に寝たはずなのに、身体が重い。
肩には何かが乗っているような感覚があり、足もむくんでいる。
頭はぼんやりして、いつもより動き出すのに時間がかかる。
窓の外を見ると、今日も雨。
施術室でも、この季節になると同じような声を耳にすることが増えます。
「なんだか身体が重いんです。」
「眠っても疲れが取れなくて。」
「やる気が出ないんです。」
病院で検査をしても異常はない。
けれど確かに身体はつらい。
そんな梅雨特有の不調を、東洋医学では「湿邪(しつじゃ)」という言葉で説明します。
私たちは普段、自分の身体を自分だけのものだと思っています。
けれど東洋医学では、人は自然の一部です。
風が吹けば身体も揺れ、
寒くなれば身体は縮こまり、
湿度が高くなれば身体にも水分が溜まる。
自然と身体は、思っている以上に深くつながっています。
梅雨になると空気中にはたくさんの水分が含まれます。
その湿気が身体に入り込み、巡りを妨げる。
これが湿邪です。
湿邪には「重濁性」という特徴があります。
重く、沈み込ませる性質。
だから梅雨になると、
身体が重い。
頭が重い。
気分まで重い。
まるで濡れた毛布を背負って歩いているような感覚になるのです。
東洋医学では、「脾(ひ)は湿を嫌う」と考えます。
脾とは胃腸を中心とした消化吸収の働きのこと。
食べたものをエネルギーに変え、
身体に必要な水分を運び、
不要なものを排出する。
いわば身体の台所のような存在です。
ところが梅雨の湿気は、この脾の働きを鈍らせます。
すると身体の中で水分が滞り始めます。
むくみ。
胃もたれ。
軟便。
食欲不振。
慢性的な疲労感。
特に昔から胃腸が弱い方や、頑張りすぎて疲れを溜め込んでいる方は、その影響を受けやすくなります。
東洋医学でいう「脾虚湿盛(ひきょしつせい)」という状態です。
脾の力が弱り、湿が身体に溜まっている状態。
梅雨の不調の多くは、この弁証に当てはまります。
面白いことに、同じ雨の日でも元気な人がいます。
一方で、まるで別人のように不調になる人もいます。
その違いは天気ではありません。
身体の中の状態です。
東洋医学はいつも「何が悪いか」ではなく、「なぜその人に起きているのか」を見ます。
湿邪が強いのか。
脾が弱っているのか。
湿が熱を帯びて湿熱になっているのか。
あるいは長年の湿が痰湿へ変化しているのか。
同じ頭痛でも、同じ肩こりでも、その背景は一人ひとり違います。
だからこそ弁証論治が大切なのです。
私は梅雨の身体を見ていると、田んぼを思い出します。
適度な水は稲を育てます。
けれど水が多すぎると根は呼吸できなくなります。
人の身体も同じです。
潤いは必要です。
しかし余分な水分は巡りを妨げます。
身体が重いのは怠けているからではありません。
やる気が出ないのも気合いが足りないからではありません。
身体が「少し水が多すぎますよ」と教えてくれているだけなのです。
だから梅雨の時期は、頑張りすぎなくていい。
冷たい飲み物を少し減らしてみる。
湯船にゆっくり浸かる。
散歩をして軽く汗をかく。
はと麦や小豆のお茶を飲む。
身体を整えることは、特別なことではありません。
季節に合わせて暮らし方を少し変えること。
東洋医学とは、本来そういう知恵なのだと思います。
雨の日の身体と、晴れの日の身体は違う。
自然が移り変わるように、私たちの身体もまた日々変化しています。
梅雨の重だるさは不調ではなく、季節を感じ取る身体の感性なのかもしれません。
その声に少し耳を傾けながら、この雨の季節を過ごしてみてはいかがでしょうか。
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