東洋医学では、顎関節症を単なる関節や筋肉の問題と捉えるのではなく、「気(き)・血(けつ)・津液(しんえき)」の流れの不調や、五臓(特に肝・腎・脾)との関係性の乱れと考えます。
また、「心身一如(しんしんいちにょ)」の思想に基づき、精神的ストレスや感情の変動が身体症状に反映されるものとされます。
◆ 顎関節症とは?(基本の理解)
顎関節症とは、あごの関節や筋肉に不調が起きる疾患で、「口が開けにくい」「開けると音が鳴る」「あごに痛みがある」といった症状が現れます。
◆ 西洋医学から見た顎関節症
西洋医学では、顎関節症は以下のように分類されます:
▶ 原因
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関節の構造異常(関節円板のずれなど)
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咀嚼筋の過緊張・疲労
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ストレスによる歯ぎしり・くいしばり
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噛み合わせの不良
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外傷や手術後の影響
▶ 治療法
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理学療法(口を開ける練習や筋肉のマッサージ)
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マウスピース(スプリント療法)
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薬物療法(鎮痛薬、筋弛緩薬、抗不安薬など)
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生活習慣の指導(ストレス管理、姿勢改善など)
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重症例では外科手術が行われることもあります。
◆ 東洋医学的な原因分類と病態解釈
顎関節症を引き起こす東洋医学的な主なパターンを以下に紹介します。
🔹 1. 肝気鬱結(かんきうっけつ)
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特徴:イライラ、不安、怒りっぽい、ストレスが強いときに症状悪化
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メカニズム:肝は「疏泄(そせつ)」=気の流れを調整する役割を持つ。ストレスにより肝の機能が低下すると、気の流れが滞り、顎まわりの筋肉が緊張・痙攣する。
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代表的な症状:口が開けづらい、顎がカクカクする、筋肉がこわばる
🔹 2. 腎虚(じんきょ)
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特徴:慢性的、加齢、疲れやすい、耳鳴りや腰痛もある
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メカニズム:腎は骨や関節、耳を司る。腎のエネルギーが不足すると、顎関節の構造的安定が失われる。
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代表的な症状:顎のガクガク感、鈍い痛み、関節の不安定感、耳の違和感も伴う
🔹 3. 脾虚(ひきょ)
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特徴:体力がない、胃腸が弱い、筋肉が柔らかすぎて支えきれない
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メカニズム:脾は「気血」の生成を担い、筋肉を栄養する。脾虚により筋肉が十分に養われず、顎の動きに支障を来す。
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代表的な症状:咀嚼に力が入らない、重だるい痛み、長く口を開けられない
🔹 4. 痰湿(たんしつ)停滞
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特徴:体がむくみやすい、頭が重い、口が粘つく
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メカニズム:体内に余分な水分(痰湿)が停滞し、経絡の流れを塞ぐ。顎の周囲にこの停滞があると、口が開けづらくなったり違和感が生じる。
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代表的な症状:口が開きにくい、こもったような痛み、音がする
◆ 使用される主な経絡・経穴(ツボ)
東洋医学では、**経絡(けいらく)**という気血の通り道を通じて治療を行います。顎関節症には以下の経絡・ツボがよく使われます:
▶ 関連経絡
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足の陽明胃経(いけい)
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足の少陽胆経(たんけい)
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手の陽明大腸経
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手の太陽小腸経
▶ よく使われる経穴(ツボ)
ツボ名 | 場所 | 効果 |
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頬車(きょうしゃ) | 下あごの角、咬筋の中央 | 顎関節の痛み、顔のむくみ |
下関(げかん) | 頬骨の下、耳の前あたり | 顎関節の開閉の改善、関節の音 |
合谷(ごうこく) | 手の甲、人差し指と親指の間 | 全身の気の調整、顎の緊張緩和 |
太衝(たいしょう) | 足の甲、親指と人差し指の間 | 肝気の流れを整える、ストレス緩和 |
翳風(えいふう) | 耳の後ろのくぼみ | 顎・耳の違和感、顎関節の柔軟性向上 |
◆ 治療法
🔸 鍼灸(しんきゅう)
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局所治療:顎の周囲に鍼をして血流改善、筋緊張を緩和
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全身調整:肝や腎などのバランスを整えるために遠隔のツボを使用
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お灸:気血の補い、冷えの改善に
🔸 漢方薬
症状と体質に合わせて処方されます。
漢方名 | 適応タイプ |
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加味逍遥散(かみしょうようさん) | ストレス・女性の月経異常があるタイプ |
六味地黄丸(ろくみじおうがん) | 加齢・慢性的な疲労・耳鳴り |
補中益気湯(ほちゅうえっきとう) | 虚弱体質、疲れやすい、筋力低下 |
※漢方薬は必ず専門医師または漢方薬局にご相談ください。
◆ 生活指導(東洋医学的セルフケア)
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温めること(首・肩・あご周囲を温めることで血行改善)
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感情の安定:特に「怒り」や「抑うつ」をコントロールすることが重要
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咀嚼の左右バランスを意識
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睡眠・食事のリズムを整える(脾・腎を補う)
◆ 東洋医学と西洋医学の比較表
観点 | 西洋医学 | 東洋医学 |
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原因 | 解剖学的・筋肉的・心理的 | 気血の流れ、五臓のバランス、ストレスとの関係 |
診断 | レントゲン・MRI・問診など | 脈診・舌診・望診・問診 |
治療 | 理学療法・マウスピース・薬物 | 鍼灸・漢方・生活改善・ツボ刺激 |
アプローチ | 部位局所中心 | 全身調整中心(心身一如) |
◆ まとめ
東洋医学では、顎関節症は単なる関節のトラブルではなく、「全身の気血の流れの乱れや、五臓のバランスの崩れが反映された結果」として捉えます。
症状の出ている「局所」を整えつつ、体質そのものを改善し、再発しない体づくりをめざすというのが、東洋医学的アプローチの特徴です。
参考:
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『黄帝内経 素問・霊枢』
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『中医診断学』(中国中医研究院)
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『現代東洋医学概論』(医道の日本社)
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